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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)2100号 判決 1988年1月21日

原告

白井幸男

ほか一名

被告

安田火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年三月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

被告は損害保険業を主たる目的とする会社、原告らはいずれも被告を保険者とする左記保険契約の被保険者亡白井文男(以下、「亡文男」という。)の相続人(父、母)である。

2  保険契約の締結

中村淳(以下、「中村」という。)は被告との間において、昭和六一年二月五日頃、その所有する普通乗用自動車(習志野三三ね二四三〇以下、「本件自動車」という。)を被保険自動車とする、以下の内容の自家用自動車保険契約を締結した。

(一) 保険期間 昭和六一年二月五日から昭和六二年二月五日まで

(二) 保険金額 搭乗者傷害保険 金一〇〇〇万円

(三) 搭乗者傷害条項

保険者(被告)は、被保険自動車(本件自動車)の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により、身体に傷害(ガス中毒を含む)を被つたときは、所定の保険金を支払う。

3  事故の発生(被保険者の死亡)

亡文男は、昭和六一年三月二三日午前〇時一二分頃、中村運転の本件乗用自動車の助手席に搭乗中、中村が運転を誤つて、同車を習志野市茜浜一丁目一番先路上付近の道路脇の電柱に衝突させたため、同日午前〇時四五分頃、船橋病院において、脊髄損傷及び頸椎骨折、脳挫傷及び頭蓋骨骨折のため死亡した(以下、「本件事故」という。)。

4  亡文男は、右保険契約に基づき、被告に対し一〇〇〇万円の搭乗者傷害保険金の請求権を取得したところ、同人の死亡により原告らが各二分の一(五〇〇万円)を相続した。

よつて、原告らはそれぞれ被告に対して金五〇〇万円とこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六二年三月四日から支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、被告が損害保険業を主たる目的とする会社であることは認め、その余は知らない。

2  同2は認める。

3  同3のうち、亡文男が助手席に搭乗中であつたことは否認し、その余は認める。

4  同4は否認する。

三  被告の主張

1  亡文男は、本件事故当時、中村運転の本件自動車の助手席側窓枠に腰をかけ、上半身を車外に出した所謂「箱乗り」状態にあり、中村の運転操作の誤りにより、亡文男の頭部が、道路脇の電柱に激突し、よつて原告ら主張の傷害が発生し、死亡したのである。

2  原告ら主張のとおり、自家用自動車普通保険契約の搭乗者傷害条項は、「被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に対して、所定の保険金を支払う旨定められている。

3  右条項にいう「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、一般に乗車人員が動揺、衝突等により転落又は転倒することなく、安全な乗車を確保することができるような構造を備えた運転席、助手席、車室内の座席をいうものと解され、また、「搭乗中」とは、これらの場所に乗り込む為に、手、足又は腰等をドアー、床、ステツプ、座席にかけた時から降車のため手足又は腰等を右用具等から離し、車外に両足を着ける時までをいうものと解されるが、もともと人間が搭乗するものとして設計されていない自動車の窓枠に腰を乗せ、上半身を窓から車外にのりだすような異常で且つ危険な方法で乗車しているものは、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しない者と解するのが相当である。

4  よつて、本件事故には、原告ら主張の保険契約は適用されず、原告らの主張は、いずれも失当である。

四  被告の主張に対する原告らの認否

被告の主張1のうち亡文男が死亡した事実は認めるが、当時同人が所謂「箱乗り」状態であつたとの点は否認する。また、同人の頭部が、道路脇の電柱に激突した事実は不知。

同2は認める。

同3の「正規の乗車用構造装置のある場所」及び「搭乗中」の意義については、かように定義している判例の存する限度においては認めるが、本件事故は亡文男が「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しない者と解するのが相当であるとの点は争う。

同4は争う。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因3(事故の発生)の事実(但し、亡文男の乗車態様の点を除く。)は当事者間に争いがない。

二  そこで、亡文男の乗車態様について判断する。

1  成立に争いのない甲第三号証並びに乙第一ないし第一一号証(但し、乙第一、第二、第七、第九及び第一一号証については後記措信できない部分を除く)並びに証人斉藤及び同中村の各証言(いずれも後記措信できない部分を除く。)を総合すれば、昭和六一年三月二二日夜、亡文男は、中学校時代の友人である中村、斉藤望(以下、「斉藤」という。)、三須克巳(以下、「三須」という。)らと自宅近くの居酒屋「つぼ八」に集まり飲食した後、同日午後一一時半ころ、暴走族の集合場所である船橋港に向うことになり、本件自動車を亡文男が運転し、助手席(前の左側座席)に中村、後部座席に斉藤、三須が乗り込んで出発したこと、本件事故現場の数一〇〇メートルくらい手前で亡文男と中村が運転を交代し、中村がジグザグ運転を始めた際、助手席にいた亡文男がその場で立ち上がるか若しくは座席にあがるか(亡文男は靴を脱いで乗車していた。)したうえ、助手席側窓から上半身を車外に出して頭部を自動車の天井より高い位置まで上げ、右手で上の窓枠をつかみ、左手で拳骨をつくつて振り上げる動作をしていたところ、本件自動車前部が進路左側電柱に衝突し、同人も頭部を電柱に衝突させ、頭蓋骨骨折等により死亡したことが認められる。

2  右認定に対し、証人中村は亡文男がいわゆる箱乗り(窓を降ろし、窓枠に腰をかけて、両足を座席の上にあげ、上半身を車外に出す姿勢)をしていた旨証言し、乙第一、第二、第七、第九及び第一一号証にもその旨の記載がある。しかしながら、前掲乙第三及び第六号証によれば本件自動車の助手席側窓は本件事故当時ガラスが下の窓枠から九センチメートル出ていたこと、証人中村の証言によれば亡文男は電柱に衝突後車外に放り出されなかつたことが各認められ、右認定に反する証拠はないところ、右事実によれば亡文男が窓枠に腰かけて上半身を車外に出していたとは認め難く、前記各証拠の右記載部分及び証言部分は信用することができない。

また、証人斉藤は、亡文男は窓からほんの少しだけ体が外に出ている状態であつたと証言し、甲第二号証にも同様の記載があり、かつ同号証には亡文男は助手席に座つていたかのような記載がある。しかしながら、前記認定のとおり、亡文男は頭が自動車の天井より上になつており右手で上の窓枠をつかんでいたのであるから、体を少しだけ出していたとは認められないし、また助手席に座つたままで右姿勢をとるのは不可能と考えられるから、亡文男が助手席に座つていたとも認め難い。したがつて、証人斉藤の前記証言部分及び甲第二号証の前記部分は信用することができない。

他に、右1の認定を覆すに足りる証拠はない。

三  進んで、以上認定の事実を前提として、被告の保険金支払義務の存否について判断する。

1  請求原因2(保険契約の締結)の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、亡文男が右保険契約の「正規の乗用車構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当するかどうかについて検討する。

「正規の乗車用構造装置のある場所」とは、一般に、乗車人員が動揺、衝突などにより転落または転倒することなく安全な乗車を確保することができるような構造を備えた運転席、助手席、車室内の座席をいうものと解され、また、「搭乗中」とは、これらの場所に乗り込むために、手足または腰などをドア、床、ステツプ、座席に掛けた時から降車のため手足または腰などを右用具などから離し、車外に両足をつける時までをいうものと解され、車内の座席に座らず、上半身を窓から車外に出すような異常かつ危険な方法で乗車している者は、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないものと解すべきである。

そこで、本件についてみると、亡文男は前記認定したとおり、本件事故当時、走行中の本件車両の助手席でそのまま立ち上がるか若しくは座席にあがるかしたうえ、助手席側窓から上半身を車外に出して頭部を自動車の天井より高い位置まで上げていたというのであるから、社会通念上通常かつ安全な乗車方法であるとはいえないことが明らかであり、「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に該当しないものといわざるをえない。

3  してみれば、被告は、被保険者に対し搭乗者傷害保険を支払う義務を負うものではないということになる。

四  結論

以上認定、判断したところによれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がなく、排斥を免れない。

よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、いずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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